11 Indoor scenery

 
 “Columns, Oxford Museum” Trial proof No.2 24th Jun, 1994


Trial proof No.4 14th Jul, 1994

 
Trial proof No.6 5th Aug, 1994


“Oxford Museum, The Ceiling” Trial proof No.2 Jan, 31st 2016


Trial proof No.3 Feb, 14th 2016


Trial proof No.6 Mar, 20th 2016


国内の室内風景は根岸競馬場スタンドの作品を五点制作したが、海外ではオックスフォードとシカゴの室内風景を三点描いたので試し刷りを掲載してみよう。1992年8月、ロンドン滞在中に万里と一緒にオックスフォードに小旅行をした。私は1978年にオックスフォードを一度訪れたことがあったが、今回はオックスフォード ミュージアムを訪れ室内風景を取材するのが目的だった。正確にはオックスフォード大学自然史博物館で、美術評論家だったジョン ラスキンの提案によって1855年代に建てられ、ゴシック リバイバル様式の古典的な外装の建築だ。内部に入ると高いガラス張りの天井から明るい陽の光が差し込んでいて、上部に鉄製の植物のオーナメントが施された鉄柱が連なって立ち並び、天井を支える曲線状に曲げられた支柱と繋がっていた。石、鉄、ガラスの資材で構築された建築はビクトリア時代の鋼鉄製造の高度な技術とプレ ラファエル派の気品のある装飾美が感じられ、華麗なインテリアだ。一階の広大な恐竜ギャラリーには数えきれないほどの恐竜やクジラなどの骨格標本が所狭しと展示されていて、自然科学好きの私にはまさにワンダーランドだった。恐竜ギャラリーの周りの二階には回廊が巡らされ、その奥にはかってチャールズ ダーウィンらの科学者達が論争を交わした教授室があり、歴史の重みを感じた。第一作の制作にあたっては室内の柔らかい光を表現するため、幅が細く深い線が彫れる菱型ビュランを使ったが、それまで制作した版の中で一番繊細な線で表現した。その後天井上部を描こうと夢見ていたが、2016年にやっと念願の第ニ作が完成した。


“Passing Time, Chicago Public Library” Trial proof No.1 June 28. 2005


Trial proof No.3 Sep, 29. 2005


 Trial proof No.6 Nov, 5. 2005


Trial proof No.9 Dec, 6. 2005


私がファイバー アーティストの中野 明美 コーンさんの個展に出かけ、銀座のギャラリー うえすとでお会いして話をしていたら、偶然私が卒業した美大の先輩だったことが分かり親しくなった。中野さんはアメリカ人のジャズ ミュージシャンのジャック コーンと結婚して長年シカゴにお住まいで、今度アメリカに来る時はお立ち寄りくださいと誘われた。2004年4月下旬初めてシカゴを訪れた。ミッドウエイ空港からザ ループというよく映画に出てくる高架電車に乗って、ある駅で違う電車に乗り換えたが、グルグル回るだけで外に出る路線の電車に乗れず、明美さんに電話をして乗り換え方を尋ね、夕方やっと郊外のご自宅にたどり着いた。中野さんの新しい作品を見せてもら ったが、日本の古典的な紋様の布を現代風にアレンジされていて、日本人特有の詩情があって素晴らしかった。また明美さんがシカゴに二十年間住んでいた建築家、フランク ロイド ライトが設計した教会のインテリアを担当した写真を見せてくださったが、とても清楚デザインで洗練されていた。多民族の国で自分のアイデンティティを打ち出しながら制作を続けている明美さんの姿勢に感銘を受けた。翌朝、街に出て取材をするがどこか推薦する所はないかと明美さんにお聞きすると、オールド パブリック ライブラリーが素晴らしいと言われた。早速ループに乗ってクラシックなシカゴ カブスの球場を見ながら中心地で降りた。シカゴ川に沿って歩き、ミシガン湖方面の通りにオールド ライブラリーの建物を見つけた。壮麗な造りの建物の中に入ると豪華な装飾が施された部屋が続いていて、シカゴが繁栄した時代の痕跡を残していた。図書館は新しいビルディングに移動して、今はコミュニティセンターとして市民に利用されているようだ。大きな部屋の入り口の脇から階段室が見えたので降りて行くと、おそらく建造されてからまったく変わっていないだろう、白い大理石製の可憐な手摺りがある美しい階段があった。踊り場の床にはモザイクが埋め込まれていて高い窓から差し込む早春の陽の光がそのアールデコデザインと調和するかのように三角の形を残して床を染めていた。私は2000年代から光を強調してモノクローム銅版画作品を制作してきたが、初めて訪れたシカゴで絶妙な時間に奇跡的な光景を取材出来たのは大変幸運で、私は明美さんの推薦に感謝した。シカゴの豊かだった頃の遺産に接し、ほのぼのとした気持ちで旧図書館を後にしてミシガン アベニューを歩いていると、公園の先にシカゴ美術館があるのに気がついた。ミシガン湖から吹き付ける寒風で身体が凍りそうになっていた私は暖かい美術館に行って展覧会でも見ようと思い、急ぎ足で美術館に駆け込んだ。ボブ ディランの曲「The Girl From The North Country」の歌詞のフレーズが心に浮かんだ。幸運にもなんとそこでは「レンブラントのジャーニー展」が開催されていたのである。レンブラントの主なエッチング作品はロンドンで見ていたが、幸運は続くものだ。展示作品の横にその銅原版が額に入れて十数点以上展示されていたのだ!初めて見るレンブラント銅版は精密な平行線と所々にはクロス ハッチングと呼ばれる交差した平行線が描かれ、描画の勢いを残したまま鋭く腐蝕されていて、レンブラントの息ずかいが聴こえてくるようで衝撃を受けた。あの日視た薔薇色に輝くレンブラントの美しい原版は今も私の心に焼き付いている。
少し話が長くなるが銅板の腐蝕方法とエッチングとエングレーヴィングの併用法を「Passing Time, Chicago Public Library」を例にして説明してみよう。レンブラントが使用した腐蝕液はオランダ腐蝕液と呼び、塩酸に水と塩素酸カリウムを加えた溶液で、まっすぐ垂直に腐蝕する特徴がある。ロンドンではダッチ アシッドと呼んでプリント ワークショップで使っていた。東京の美術大学時代に使っていた硝酸に水を加えた腐蝕液よりも腐蝕の仕方が好きで、日本人版画家は誰も用いないが、私はずっとこの溶液を使って銅板を腐蝕している。腐蝕は数回行い、最初に暗く表現したい部分を描画をして腐蝕し、さらに描き加えて再腐蝕してその時間の差で線の太さと深さに変化をつけ明暗のトーンを表現する。試し刷りNo.1はドローイングを転写して描画を案内する線、ガイドラインをニードルで描いた刷りで、この描画法と作品をドライポイントと言う。試し刷りNo.3 は前の版に松脂と蜜蝋とアスファルトを混ぜたグランドを塗り、ニードルで描画して腐蝕をした刷りである。この版は4回腐蝕して合計6時間30分だった。No.6とNo.9は 腐蝕していない部分をビュランを用い、細い線と点を彫り作品を完成させた。エッチングの腐蝕された太い線とエングレーヴィングの彫った細い線の対比を利用してドラマチックな表現が実現した。腐蝕についての話だが 駒井哲郎先生の遺作の原版を展覧会で見る機会があったが、希硝酸溶液でごっそりえぐり取られるように腐蝕された線は、シカゴで見たあのレンブラントの版の線と似て精密で美しかった。腐蝕液の違いがあるとはいえ、時代を超えた腐蝕に対するアーティストの厳しさを感じた。駒井先生は私達に腐蝕はエッチングの最も重要な過程だから、版から絶対離れるなとよく言われていた。2006年正月、駒井哲郎先生の旧友、美術評論家の粟津則雄氏、ト子ご夫妻のご自宅に招かれた時ちょうどこの作品が完成したので贈呈したが、その後2016年粟津則雄コレクションの一作品として以前に購入していただいたノートルダムのエングレーヴィングと共に練馬区立美術館に収蔵された。